講師の声

講師 大木拓郎

私には、生徒の合格を本気で追う理由があります。

道を拓く、心を開いて。

高校生時代

バスケットボール部所属、副主将。

平日は勿論、土日、春休み、夏休み、冬休みと、
ほぼ毎日バスケットボールをしていました。

バスケットボールをこよなく愛する監督から、熱心な指導を
受けているにも関わらず、真剣に練習をしないため、
技術の向上は見られず、チームの助けになれない選手でした。

下手くそ

その許せない現状を、
練習で打破せずに、監督や仲間のせいにして、
下手くそな自分を、ごまかしていました。

勉強も嫌いで、懸命に頑張ることはありませんでした。

授業を聞いても全く理解できず、
理解しようという努力もしません。
勉強を全然しなかったので、成績は極めて不良でした。
全科目赤点、学年最下位※という不名誉な記録もあります。

(※ごく一般的な、普通科高校。いわゆる名門進学校ではなく、
高校を卒業して、就職する人もいれば、専門学校へ進む人もいるし、大学へ進学する人もいるという高校。)

大学生時代

高校3年生の夏、部活引退後、大学へ行こうと決意します。

志すもの、があったわけでなく、就職する自信がなかっただけでした。
大学に行けば、まだ「学生」でいられる。そう思いました。

嫌いな勉強を何とかやって、大学※へ進学しました。
(※いわゆる名門大学ではない。)

大学生になっても、懸命に何かを頑張ることはありませんでした。

興味本位で、仲間とスノーボードサークルを設立したことがあります。
チラシを配って、サークルのメンバーを集めました。
当時は、スノーボードが大流行する一歩手前の時期で、
スノーボードサークルというのは、なかなかお目にかかれません。

その目新しさに、
参加希望者は沢山集まりました。

しかし、雪が降る季節を、またずして、
サークルは消滅しました。

私は、サークル活動をどのように行うか等の計画を、
何も立てていませんでした。
そして、リーダーシップを発揮して、率先して、サークルを盛り上げようという
気概も、持っておりませんでした。

結局、無計画、無責任なサークルは、
消滅すべくして、消滅しました。

学生時代、無計画で無責任の僕が継続していたことと言えば、
パチンコ※くらいです。情けないですが、これが事実です。
(※パチンコは、社会人になってから一切行っていない。やりたいとも思わない。)

勉強に打ち込むわけでもなく、サークルにも打ち込めない。
将来に向けて、何か夢や目標を探そうという行動もせず、
4年間過ごしました。

高校から大学へと進学し、環境が変わっても、私は相も変わらず、
気力を見せない、気力を見せられない学生でした。

しかし、この中身の薄い大学生活も貴重な経験であったと言えます。
小・中・高・大と、学生時代、懸命になれなかったという経験があってこそ、
生徒が「がんばれちゃう」学校や環境をつくりたいという、

アベルトの夢が生まれたのですから。

20代

ノンバンク・金融機関に在籍し、
融資、手形割引、顧客管理、債権回収、人事管理等全般を行っていました。

26歳の夏、当時、最年少営業統轄部長となります。

教える力、が僕にはあるんだ

初めて、自分の力を信じることが出来ました。

入社当初は、史上最低の社員とののしられていました。

学生時代は、口でごまかしていましたが、
「社会」では通用しません。

罵倒される日々、
辞めようと思ったことは、何度もありましたが、
ここで、辞めてしまったら、学生の頃のままです。

変わりたい

そう、強く思って、厳しい環境に身を置く決意をしたのが、大学4年生の 夏でした。

入社当初は、なかなか、実績を上げられなかったのですが、
「部下」を持つようになってから、めきめきと実績を上げるようになりました。

行動が遅く、不器用で、口下手で、人付き合いが苦手な私でも、
他の人に負けないように、工夫しよう。
センスや、持って生まれた才能ではなく、

つかみどころのある

手応えのある、

私でも出来る、方法論を追い求めました。

私にとって、つかみどころのある方法論が、

部下にとっても、つかみどころのある方法論になりました。

昔から、勉強もできなかったし、体も弱かったのです。
そのうえ、悔しい思いをしても、努力をすることだって、出来ませんでした。
本当は、努力したいと思っていたのです。しかし、そういった感情すら言葉に
することが出来ませんでした。

本当は、頑張りたかったのです。

同じように、悩んでいる人間もいるはずだ。
自分に自信が持ちきれない人、
自分自身の事を『弱い』と評価している人がいるはずだ。

そういった視点で、私は部下と接していました。

「こんなことも出来ないのか!」

言われたことは、数知れず。
しかし、私が口にしたことは、ありません。

弱くてよかった

私は、「リーダー」になり、部下を持つようになって、
生まれて初めて、1番になることが出来ました。

30代

士業界へ転進。

業務を自分でやるより、やらせることが多くなっていった20代後半。

自分自身をもう一度鍛え直す意味で、 自分自身の事務処理能力の向上と、知識の習得に力を入れようと考えます。

簿記、宅地建物取引主任者、社会保険労務士、行政書士などの資格を取得。

しかし、本命の資格は、「司法書士試験」でした。

20代の経験を生かして、債権回収に関連する仕事をするつもりでした。 そこで、訴訟代理権のある、司法試験もしくは司法書士試験に照準をあてていました。

司法書士事務所に勤めながら、

4年間司法書士試験合格を目指しましたが、不合格の繰り返し。

「あと、0.5点あれば・・・」、「あと5秒あれば・・・」、

息をするのも苦しい程の思いを何回もしました。

しかし、今では、試験に落ちて良かったとすら思います。

試験に挑み続けた経験や、試験の厳しさと現実を、

身を持って知ることが出来たのですから。

開業する前に、司法書士事務所にいたことで、士業の実務を知る事が出来ました。

35歳

平成22年5月より、
『アベルト法務行政書士事務所』開業
『アベルトコンサルタンツグループ』発足

同年10月より、
『アベルト社労士合格塾』開講

同年11月より、 『アベルト社労士事務所』開業

37歳

平成24年8月より、社労士3号業務として、「顧問先への社員研修」を開始しました。

現在では、アベルト社労士合格塾で指導している目標達成技術(=アベルトシステム)を、ビジネスの現場でも指導しております。

『大手予備校』や『大手研修機関』の講義を受けていれば、一定の成長が出来ると盲目的に信じる世間の既成概念を打ち破り、受験生や中小企業の本質的なバックアップを心がけ、塾講義同様に懸命に顧問先社員の方へ

少人数の研修で、技術指導をしております。

将来の私とアベルト社労士合格塾

50歳

高校生や大学生等の「学生」に対して、ビジネスの楽しさを伝えられる学校運営と学校教育を目指す。

技術体験セミナー(講義体験会)のご案内

アベルトの講座につき、本ページでご説明しておりますが、 アベルトの講義や、技術について、より詳しく知るための手段として、「技術体験セミナー」を開催しております!
セミナーの講義内容は充実しており、発見と学びに溢れた時間になると思います。あくまでも体験会ですから、お気軽にご参加くださいませ。

→ 技術体験セミナーの詳細は、こちら。

セミナー申込み・ご相談はこちら

このページのトップへ